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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)137号 判決

イギリス国

ミドルセックス ティーダブリュ18 1ディーワイ、スティンズ、ノールグリーン、ミルバンク

原告

ブリティッシューアメリカン タバコ カンパニー リミテッド

代表者

ケネス ジョン ハムソン マクリーン

訴訟代理人弁護士

岡澤英世

ドイツ連邦共和国

22605 ハングルグ、パルクストラッセ 51

被告

ハー.エフ.ウント フ.エフ.レムツマ ゲゼルシャフト ミット ベンシュレンクテル ハフトゥング

代表者

マリオン ファンク

ピーター オーリンガー

訴訟代理人弁理士

山本秀策

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が平成8年審判第15648号事件について平成9年12月17日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「紙巻きたばこ」とする特許第1776837号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。なお、本件発明は、昭和61年5月14日に特許出願され(昭和61年特許願第110432号。1985年5月24日英国においてした特許出願に基づく優先権を主張)、平成3年2月18日の出願公告(平成3年特許出願公告第11757号)を経て、平成5年7月28日に特許権設定の登録がされたものである。

被告は、平成8年9月17日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平成8年審判第15648号事件として審理し、平成9年12月17日に「特許第1776837号発明の特許を無効とする。」との審決をし、平成10年1月14日にその謄本を原告に送達した。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。

2  本件発明の特許請求の範囲1

たばこ充填材と被包紙とから成るたばこ軸部と更に該軸部と同じ幅寸法のフィルターを含む紙巻たばこであって、前記たばこ軸の円周が10mm~19mmの範囲内にあり、自由燃焼速度が25~50mg min-1の範囲内にあり、前記充填材の充填密度が150mg/cm3~350mg/cm3の範囲内にあることを特徴とする紙巻たばこ。

3  審決の理由の要点

別紙審決書の理由写しの一部のとおり(審決における甲第2号証の公報を以下「引用例1」、審決における甲第1号証の刊行物を以下「引用例2」という。)

4  審決の取消事由

本件発明と引用例1記載の考案が審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。しかしながら、審決は、従来技術の技術内容を誤認した結果、本件発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決は、引用例2の〈4〉の記載からみて、普通の市販紙巻たばこはおおよそ215mg/cm3~295mg/cm3の充填密度を有すると解される旨説示している。

しかしながら、引用例2の〈4〉に記載されている紙巻たばこに円周19mm以下のものは存在しない。そして、本件発明は、円周19mm以下の極細の紙巻たばこについて充填密度の数値範囲を特定したことを特徴とするのであるから、本件発明の充填密度に格別の特徴を認めることができないとした審決の判断は誤りである。

(2)  審決は、引用例2の図9-4をみると、充填密度が295mg/cm3、円周がほぼ19mmの紙巻たばこの自由燃焼速度はおおむね30mg/分である旨認定している。

しかしながら、紙巻たばこの自由燃焼速度は、円周及び充填密度によって一義的に決まるものではなく、葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等によって大きく影響を受けるのである。しかるに、引用例2の図9-4には、本件発明の要件である数値範囲内の円周、充填密度の紙巻たばこが、本件発明の要件である数値範囲内の自由燃焼速度を示すことが記載されているにすぎず、葉の種類等は全く明らかにされていないから、審決の上記認定は不正確というべきである。

(3)  のみならず、引用例2の図9-4には、充填密度が一定の場合、線燃焼速度が半径に反比例することも記載されているところ、線燃焼速度の増大は、パフ(吸煙)可能数を減少させるので、紙巻たばこにとって好ましくない現象である。すなわち、引用例2の図9-4の記載に基づいて紙巻たばこの円周、自由燃焼速度、充填密度を本件発明の要件である数値範囲内に設定するためには、パフ可能数の減少という困難な問題を解決しなければならないのである。

したがって、円19mm以下の紙巻たばこの充填密度、自由燃焼速度を本件発明の要件である数値範囲内に設定することは当業者が容易になしえたとする審決の判断は、誤りといわざるをえない。

(4)  そもそも、本件発明の特許出願前には、本件発明の要件である円周が19mm以下の極細の紙巻たばこは、円周18mmの商品名「TEN CENT」の一種が市販されていたのみであり、しかも、この「TEN CENT」は、紙巻たばこが市場に受け入れられるための4条件(パフ可能数、吸煙抵抗、吸煙間のくすぶり、味覚)を満足するには遠いものであった(特に、パフ可能数は最も重要な条件であって、本件発明の特許出願前は、7.4回のパフ可能数を示す円周21.3mmが市場に受け入れられる最低値とされていた。)。このように、本件発明の特許出願当時、当業者の間では、円周が19mm以下の極細の紙巻たばこの商品化は不適切であると認識されていたのである。

したがって、引用例1及び2に接した当業者が、円周が19mm以下の極細の紙巻たばこを創案する動機付けを得ることはありえないから、本件発明が進歩性を有することは明らかである。

なお、審決は、引用例2記載の式(6-6)を援用して、本件発明の紙巻たばこの利用効率(TUE)が従来の紙巻たばこに比べて優れているとしても、そのような効果は当業者が予測できたから、格別の効果ということはできない旨判断している。

しかしながら、TUEという概念自体が原告の創案に係るものであるから、審訣の上記判断は後知恵といわざるをえない。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、本件発明は円周19mm以下の紙巻たばこについて充填密度の数値範囲を特定したことを特徴とするから、本件発明の充填密度に格別の特徴を認めることができないとした審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、本件発明の要件である充填密度の数値範囲は、細い紙巻たばこに特有のものではなく、市販されている紙巻たばこのほとんどすべてに共通するものにすぎないから、原告の上記主張は失当である。

2  原告は、紙巻たばこの自由燃焼速度は葉の種類等によって影響を受けるところ、引用例2の図9-4には葉の種類等が明らかにされていないから、引用例2記載の自由燃焼速度に関する審決の認定は不正確である旨主張する。

しかしながら、本件発明の要件である自由燃焼速度の数値範囲も、細い紙巻たばこに特有のものではなく、市販されている紙巻たばこのほとんどすべてに共通するものであるから、原告の上記主張も失当である。

3  原告は、引用例2の図9-4の記載に基づいて紙巻たばこの円周、自由燃焼速度、充填密度を本件発明の要件である数値範囲内に設定するためには、パフ可能数の減少という困難な問題を解決しなければならない旨主張する。

しかしながら、本件発明の特許請求の範囲は紙巻たばこのパフ可能数を何ら特定していないから、原告の上記主張は、本件発明の技術内容に基づかないものである。

4  原告は、本件発明の特許出願当時、円周が19mm以下の極細の紙巻たばこの商品化は不適切であって、7.4回のパフ可能数を示す円周21.3mmが市場に受け入れられる最低値とされていたから、引用例1及び2に接した当業者が円周が19mm以下の極細の紙巻たばこを創案する動機付けを得ることはありえない旨主張する。

しかしながら、本件明細書には「本発明による紙巻たばこは、(中略)吸煙回数が5~15回、より好ましくは5~10回となるようになっている。」(公告公報4欄21行ないし24行)と記載されているから、原告の上記主張は本件明細書の記載と矛盾するものである。

そして、引用例1に円周15.7mmの紙巻たばこが記載され、引用例2に本件発明の要件である数値範囲内の充填密度及び自由燃焼速度が記載されている以上、当業者がこれらの組合せを試みることには何の困難も考えられない。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲1)及び3(審決の理由の要点)は、被告も認めるところである。

第2  甲第2号証(特許公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる。

1  技術的課題(目的)

紙巻たばこは、着火したが喫煙しない状態のとき、緩やかな速度で燃焼(通常「くすぶり」と呼ばれる。)を継続することが必要であるが、その速度を「自由燃焼速度」という(2欄10行ないし14行)。

従来、自由燃焼を継続するために必要な熱を確保するには、毎分少なくとも約60mgのたばこを消費する必要があると考えられていたので、紙巻たばこの円周は、少なくとも約22mmとすることが必要であると考えられていた(2欄19行ないし3欄5行)。

本件発明は、円周が19mm以下でありながら、安定した自由燃焼を継続する紙巻たばこを創案することである(3欄15行ないし17行)。

2  構成

上記の目的を達成するために、本件発明はその特許請求の範囲1記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし8行)。

3  作用効果

本件発明によれば、紙巻たばこ1本当たりの材料の必要量を大幅に減ずることが可能である(6欄15行、16行)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  原告は、本件発明は円周19mm以下の極細の紙巻たばこについて充填密度の数値範囲を特定したことを特徴とするものであるから、本件発明の充填密度に格別の特徴を認めることができないとした審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、甲第4号証によれば、引用例2の表2-5(19頁の「充填率0.34における調湿刻みの20℃における熱定数」)には、各種試料の充填密度が215mg/cm3~295mg/cm3の範囲にあることが記載されている。

しかるに、本願発明の要件である充填密度の数値範囲(150mg/cm3~350mg/cm3)は、通常の紙巻たばこの充填密度の下限よりも更に低い値から、上限よりも更に高い値に至る極めて広いものであるから、このような数値限定に積極的な技術的意義を見出すことは困難である。したがって、審決が、本願発明の要件である充填密度に格別の特徴を認めることはできないとしたのは、当然のことといわざるをえない。

2  また、原告は、紙巻たばこの自由燃焼速度は円周及び充填密度によって一義的に決まるものではなく、葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等によって大きく影響を受けるところ、引用例2の図9-4には葉の種類等は全く明らかにされていないから、引用例2の図9-4をみると充填密度が295mg/cm3、円周がほぼ19mmの紙巻たばこの自由燃焼速度がおおむね30mg/分であるとした審決の認定は不正確である旨主張する。

確かに、紙巻たばこの自由燃焼速度が葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等によって左右されることは十分に考えられるが、このことは本件発明が対象とする紙巻たばこにおいても全く同様のはずである。しかるに、本件発明の要件である自由燃焼速度が、葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等を何ら特定することなく、単にその数値を「25~50mg min-1の範囲内」と限定することで足りるとされていることは前記のとおりである。したがって、所望の自由燃焼速度を得るように葉の種類、水分量、刻みの大きさ、添加剤等を決定することは、当業者にとって単なる設計事項にすぎないと考えられるから、引用例2から審決認定の自由燃焼速度を読み取ることに不合理はないというべきである。

3  さらに、原告は、引用例2の図9-4の記載に基づいて紙巻たばこの円周、自由燃焼速度、充填密度を本件発明の要件である数値範囲内に設定するためには、パフ可能数の減少という困難な問題を解決しなければならない旨主張する。

しかしながら、本件発明の特許請求の範囲1は、前記のように紙巻たばこのパフ可能数を何ら特定していないから、本願発明の紙巻たばこがパフ可能数の減少の問題を解決したことを前提とする原告の上記主張は、本件発明の技術内容に基づかないものであって、失当である。ちなみに、原告は、後記のように、パフ可能数は7.4回が市場に受け入れられる最低値である旨主張するが、甲第2号証によれば、本件発明の特許請求の範囲6には「標準吸煙条件下で吸煙回数が5~15回となっている特許請求の範囲第1項から第5項のいずれか1項記載の紙巻たばこ。」と記載されていることが認められるから、パフ可能数に関する原告の主張に矛盾があることは明らかである。

4  さらにまた、原告は、本件発明の特許出願当時、円周が19mm以下の極細の紙巻たばこの商品化は不適切であって、7.4回のパフ可能数を示す円周21.3mmが市場に受け入れられる最低値とされていたから、引用例1及び2に接した当業者が円周が19mm以下の極細の紙巻たばこを創案する動機付けを得ることはありえない旨主張する。

しかしながら、引用例1には、審決認定のように円周が最小で15.7mmの極細の紙巻たばこが記載されている(原告も、審決のこの認定は争っていない。)。のみならず、本件発明の特許出願前に、円周18mmの「TEN CENT」が現に市販されていたことは原告が自認するところであるから、原告の上記主張は理由がないといわざるをえない。

なお、審決は、本件発明によるたばこの葉の利用効率は当業者ならば予測できたものであって格別の効果とはいえないことを、TUEという概念を援用して説示しているところ、原告は、TUEという概念自体が原告の創案に係るものであるから、作用効果に関する審決の判断は後知恵である旨主張する。

しかしながら、仮にTUEという概念が原告の創案に係るものであるとしても、これを援用して、本件発明により得られる作用効果の顕著性を検証することには、何らの不合理もない。したがって、原告の上記主張も、審決の違法性を裏付けるものではない。

5  以上のとおりであるから、本件発明は引用例1及び2の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような誤りはない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための期間付加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年4月6日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

請求人の主張及び証拠方法

請求人は、下記の理由により本件特許は、特許法第123条第1項第2号(「第123条第1項第1号」は「第123条第1項第2号」の誤記と認める。)に該当し、無効とすベきであると主張している。

(1) 本件発明は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり(理由1)、

(2) 本件発明は、甲第1号証~甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり(理由2)、もしくは、

(3) 本件発明は、甲第1号証~甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって(理由3)、

特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

そして、上記主張を立証する証拠方法として、次の書証を提示している。

甲第1号証:日本専売公社中央研究所、1981年発行、研究報告No.123、村松茂登彦著「紙巻たばこの自然燃焼における移動現象に関する研究」

甲第2号証:ドイツ実用新案第1926149号

甲第3号証:”SULIMA”たばこのパンフレット、Dresden 1901年

甲第4号証:F.E.Resnikらの”静的燃焼速度に影響する要素”たばこインターナショナル タバコ科学21、1977、103頁~107頁

2.被請求人の主張

被請求人は、上記請求人の主張はいずれも理由がないものであると答弁し、その答弁を立証するために以下の証拠方法を提出している。

乙第1号証:甲第1号証図9-4の拡大図

乙第2号証:アール・エル・ライス「ア・ウエイト・ロス・テクニック・フォア・デターミニング・レート・オブ・スタテック・バーン タバコサイエンス14 1970(A Weight Loss Technique For Determinig Rate Of Static Burn Tabacco Sci.,14 1970)

乙第3号証:デバーデレベン(DeBardeleben)、「リーセント・アドヴァシスズ・イン・タバコ・サイエンス(Recent advances in Tobacco Science)

乙第4号証:TEN CENT紙巻きたばこに関する実験報告書

乙第5号証:エッチ・アール・ベントレイ(H.R.Bentley)の宣誓供述書

乙第6号証:エー・エガートン(A.Egerton)、「ザ・メカニズム・オブ・スモルダリング・イン・シガレッツ(The Mechanism of Smoulddering in Cigaretts)

Ⅳ.甲各号証の記載事項

請求人が提出した甲第1号舞乃至甲第4号証のうち、甲第1号証、甲第2号証、及び甲第3号証には、以下に示す発明が記載されている。

(甲第1号証)

〈1〉 「近年、喫煙と健康問題についての関心の高まりなどから、健康上好ましくない煙成分を低減した緩和な紙巻たばこ、すなわち「Saferたばこ」への消費者の要望が増大している。こうした市場要請に対応して、新フィルター、多孔性巻紙、さらには原料葉たばこの各種加工処理技術などが逐次開発実用化され、製品紙巻たばこは年々緩和化の方向にある。こうした煙中の有害成分の低減法については、基本的には生成面での対応と、フィルターによる吸着やろ過に代表されるように生成後の対応とに大別されるが、有害成分を根本的に低減、除去するためには生成面での対応が特に重要と考えられる。」(10頁左欄下から14行~3行)こと、

〈2〉 「本研究は明日のたばこ、すなわち「Saferたばこ」や「新喫煙素材」を開発するための基礎研究の一翼を担って、紙巻たばこの燃焼機構の解明を主目的とし、さらには、燃焼に関与する種々の要因が燃焼速度、温度に及ぼす影響を系統的に評価することにより、燃焼コントロールの手法を引きだすことを目的とし、「紙巻たばこの自然燃焼における移動現象に関する研究」と題して行われた。」(11頁右欄下から8行~1行)こと、

〈3〉 「本研究により紙巻たばこの自然燃焼機構、および燃焼に及ぼす種々のパラメータの影響が明らかになり、明日のたばこ作りを目ざしたSaferたばこや新喫煙素材の開発、設計に資する多くの基礎知見を得ることができた。これらの知見に基づき、本研究成果のたばこ製造技術への具体的な応用例および展望について下記に整理して述べる。……………〔中略〕………………

最近商品化させたジョーカー、パートナー、テンダーといった製品は紙巻やフイルターチップに開孔することにより、吸煙時の燃焼域への酸素の供給を制御することにより、燃焼量を低下させトータルの煙濃度の低下を計ると同時に、燃焼温度の低下に伴うCOなどの有害成分を積極的に低減することを意図した新商品である。」(68頁左欄「第10章」左下欄1行~右下欄下から5行)こと、

〈4〉 通常の商品たばこの刻み充填率は0.30~0.36程度であり、品種ならびに着葉位置の異なるBY-C2(黄色種 中葉-2 Cutter-2)、BY-L1(黄色種 本葉-1 Leaf-1)等の各種試料たばこの充填率0.34における調湿刻みの充填密度は215mg/cm3~295mg/cm3の範囲内にある(13頁表2-1、19頁左欄2行~6行、19頁表2-5)こと、

〈5〉 試料たばこBY-C1-(2)(黄色種 中葉-1 Cutter-1)を用い、充填密度ρp=254mg/cm3とした時の、質量燃焼速度mの測定値は、半径r0が0.323、0.347、0.377、0.415(単位cm)において、それぞれ0.0384、0.0423、0.0483、0.0548(単位g/min)となり、その時のm/2πr0値は、それぞれ0.0189、0.0194、0.0204、0.0210となる(44頁表6-2)こと、試料たばこBUR-L1-(2)(バーレー種 本葉-1 Leaf-1)を用い、充填密度ρp=232mg/cm3とした時の、質量燃焼速度mの測定値は、半径r0が0.374、0.390、0.417、0.428(単位cm)において、それぞれ0.0481、0.0519、0.0541、0.0557(単位g/min)となり、その時のm/2πr0値は、それぞれ0.0205、0.0212、0.0206、0.0207となり(44頁表6-2)、これらの実験結果から、

m/2πr0=constant (6-1)

の関係式が導き出せる(45頁左欄1行~4行)こと、

〈6〉 自然燃焼時の紙巻たばこの酸化燃焼プロセスにおける移動現象の解析のために、二次元の酸化燃焼モデルが提案され、このモデルの数値解から予測された紙巻たばこの半径、刻みの充填密度、燃焼速度の関係は測定結果とよく一致する(57頁「9.1緒言」の項)こと、

〈7〉 BY-C2(黄色種 中葉-2 Cutter-2)を密度が0.259となるように充填した紙巻たばこについて、その半径約2.8mm~5.2mmの間におけるたばこ軸部の半径と質量燃焼速度との関係がm-線(直線)としてグラフに示され、このm-線は半径3.0mm以下、例えば約2.8mmにおいて質量燃焼速度が25~30mg/minの範囲にあることを示し、また理論値と実験値とがほぼ一致している(63頁の図9-4)こと、及び

〈8〉 「たばこの刻み充填密度ρp、半径r0での間欠吸煙燃焼時の吸煙燃焼長Lpおよび非吸煙時燃焼長Lfとの関係を、実験結果に基づいて整理すると、及び

Lp=C1/r0ρp  Lf=C2/r0ρp(6-4)

で表される。ここでC1、C2はたばこ刻みの種類によって異なる実験定数である。Puff Count(吸煙回数)Npは全燃焼長をLとすると

Np≒L/(Lp十Lf) (6-5)

で近似できる。

上記(6-4)、(6-5)式から、

Np=r0ρp{L/(C1+C2)} (6-6)

となり、Puff Count Npは同一刻み、同一全燃焼長の場合、刻みの充填密度ならびに紙巻たばこの半径に比例するものと見なせる。」

(45頁右欄2行~14行)こと。

(甲第2号証)

直径が5~8mmであるフィルター付き紙巻きたばこ。

(甲第3号証)

直径が5.4mmであるフィルター付き紙巻きたばこ。(SULIMA CIGARETTEND≠nn A-65として図示)

Ⅴ.当審の判断

請求人が挙げた上記理由(1)~理由(3)のうち、理由(2)について、以下検討する。

本件発明と甲第2号証及び甲第3号証に記載の発明を比較すると、後者のたばこ直径5~8mm及び5.4mmは、それぞれたばこ軸の円周15.70~25.12mm、及び17.0mmに相当することから、両者は、たばこ充填材と被包紙とから成るたばこ軸部と更に該軸部と同じ幅寸法のフイルターを含み、且つ重複するたばこ軸の円周を有する紙巻たばこの点で一致し、前者は、紙巻たばこの自由燃焼速度を「25~50mgmin-1」に、前記充填材の充填密度を「150mg/cm3~350mg/cm3」に限定しているのに対して、後者には、このような数値について記載されていない点で相違している。

上記相違点について検討するに、まず充填材の充填密度については、甲第1号証の上記〈4〉の記載からみて、普通の市販紙巻たばこは、おおよそ215mg/cm3~295mg/cm3の充填密度を有するものと解される。

そうすると、本件発明において限定する充填密度の数値は、市販紙巻たばこの上記充填密度を完全に包含するものであって、本件発明において、このような充填密度にしたことに格別の特徴を認めることはできない。

また、本件発明において限定する自由燃焼速度についてみても、甲第1号証に記載の「質量燃焼速度」は、本件発明における「自由燃焼速度」に相当するものであるところ、甲第1号証には、試料たばこの充填密度が前記市販紙巻たばこの充填密度の範囲にある259mg/cm3の時の、たばこ軸の半径と自由燃焼速度との対応関係がグラフに示されている。(上記〈7〉参照)このグラフをみると、本件発明のたばこ軸の円周の範囲にある半径3.02mm(ほぼ円周19mmに相当)の場合、紙巻たばこの自然燃焼速度m(mg/min)の値は、概ね30mgmin-1であり、本件発明で限定する25~50mgmin-1の範囲内にある。

このことは、甲第1号証の上記〈5〉に記載の実験結果からも、以下に述べるようにいえるのである。

そこには、試料たばこBY-C1-(2)(黄色種 中葉-1 Cutter-1)及びBUR-L1-(2)(バーレー種 本葉-1 Leaf-1)を、それぞれ充填密度が254mg/cm3及び232mg/cm3となるように充填した紙巻たばこについて、その半径r0を種々変更した時の自由燃焼速度m(g/min)の測定値が示され、この測定値から、自然燃焼速度m(g/min)を円周で除した値はほぼ一定の値を示す(この値は、前者では0.0199、後者では0.0207)、即ち

m/2πr0=constant

の関係式が導き出せることが記載されている。

(上記〈5〉参照)

このような関係が半径3.23mm以下においても成り立つことについて明記されていないが、当業者なら半径3.02mm(ほぼ円周19mmに相当)以下においてもこのような関係が成り立つと考えるのが普通である。

そうすると、市販たばこの充填密度の範囲内である甲第1号証の上記〈5〉に記載の充填密度(254mg/cm3又は232mg/cm3)と、半径3.02mm以下の所望の値を採用した時の、紙巻たばこの自然燃焼速度m(mg/min)の値は上記関係式から導き出され、その値は25~50mgmin-1の範囲内にある。

そして、甲第1号証の上記〈1〉~〈3〉の記載からも明らかなように、甲第1号証の上記〈5〉及び〈7〉に示される知見は、フイルター付き紙巻きたばこをも対象とするものである。

してみると、甲第2号証及び甲第3号証に記載のたばこ軸の円周が10mm~19mmの範囲内にあるフイルター付き紙巻たばこにおいて、市販たばこの充填密度の範囲内である甲第1号証に記載の充填密度を選択すると共に、自由燃焼速度を本件発明で限定する上記数値範囲内に設定することは当業者が容易になし得ることである。

更に、本件発明の効果をみると、フィルター材料を節約できる、紙巻たばこ1本当たりの充填材の必要量を大幅に減じることができる等の効果は、たばこ軸の円周を小さくしたした結果当然生じる効果であり、また紙巻たばこの利用効率(TUE)に関する効果についても、以下に述べるように格別のものではない。

紙巻たばこの利用効率(TUE)は、たばこの喫煙回数Npをたばこ充填材の充填量で除したものであり、ここで、喫煙回数は上記〈8〉に記載の式(6-6)により、

Np=r0ρp{L/(C1十C2)}

と表され、一方、充填材の充填量Mtはたばこ軸の体積と充填密度との積であるから、吸殻として残ったたばこ軸長をL’とすると、

Mt=π・r02・(L十L’)・ρp

と表されるから、

TUE=Np/Mt=(1/r0)・{L/π(L十L’)(C1十C2)}

となり、L及びL’を固定すると、たばこの利用効率(TUE)はたばと軸半径に反比例することになる。

そして、このようなたばこの利用効率(TUE)についての関係式は、甲第1号証の上記〈8〉の記載及び技術常識に基づいて当業者が容易に導き出すことができるものと認められる。

してみると、本件発明の細巻きのたばこが、従来の標準紙巻きたばこに比べて利用効率が優れているとしても、かかる効果は当業者において予測できるごとであり、格別の効果であるということはできない。

なお、被請求人は、乙第1号証及び乙第2号証を提示して、甲第1号証には円周が19mm以下の紙巻たばこの製造あるいはそれによって得られる利益を意図する記載はない旨、また乙第3号証~乙第6号証を提示して、1985年当時消費者の要求を満足させることができ且つ円周が例えば17mmの超スリムたばこを製造することは不可能であると当業者は認識していた旨、それぞれ主張しているが、乙第1号証~乙第6号証の記載内容を検討するも、先に述べた判断を変更する必要を認めない。

したがって、本件発明は甲第1号証乃至甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

Ⅵ.むすび

以上のとおりであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであって、他の理由を検討するまでもなく、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

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